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2015年10月24日土曜日

60歳の痩身日記  言葉の表現の難しさ

(15-10-23投稿  15-10-00更新)
『こうして考えると
人の身体って
精巧精密に
出来ている

だけど
繊細なので
使い方によっては
頑丈にも
脆くも
なる』

この
上記の言葉での
表現は難しい

ことさら
人に物事を
伝えること

そして
自分の気持ちを
表すのは
難しい

たとえば
「気持ちが悪い」と
ひと言で
言っても

今回の私のように
体調によって
気持ちが悪いと
いう事もあれば

気分が
ただ単に
しっくりこないだけ
に使われる場合も
ある

「好き」と言われても
仕草や言葉遣いが
気に入られただけで
「好意」を持っている
ところまでは
至らないかも知れない

私が長い間
人付き合いで

特に
人様と言葉を
交わしながらも
コミュニケーションや
交流を
避けてきたのも

コレに尽きる

頭の中で
着地点の無いものや

一瞬にして
相手の気分や
心身の状態が
感じ取れ

互いに発する
言葉に対する
集中力がなければ
察する力が無ければ

そもそも会話が
成り立たず

我々の原動力に
ならない

時に誤解が生じたり
「この人のいう事は
分からない」と
決めつけられたり

反対に
積極的に考えると

言葉は
それ自体に
パワーを秘めている

思考が現実化すると
言ったのは
ナポレオン・ヒルだが

「言葉は全てを制する」と
言いたい

同じ一言を発するにも
多角的
多面的に見えているか
どうかで
その同じ言葉が
全く違う意味を持ってくる

小説や啓蒙書を読むと
時期や読む環境で
全く違う発見が
あるのはその為だ

端折ってしまうが

だから
言って後悔
言わずに後悔なのだろう

同じ後悔をするなら
言っておこうと
言うのがこのブログ
私の姿勢である

どうせ後悔するなら
言って後悔して
良い事だけ
残せばと
考えた

この事が
このブログの
発端のひとつでも

ある


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